3rd Album

INTERVIEW

  • ■そこで、最初にキクさんがおっしゃった今回の「スタートダッシュの1曲」はどの曲だったんですか?
  • 菊池「今回一番最初にできた曲は、“TONIGHT”ですね」
  • ■2ビートで、平歌から非常にいいメロディが持続していく素晴らしい曲なんですが。これはどういうところから出てきた曲なんですか。
  • 菊池「2013年の6月に横浜のバンドを集めて、震災後の東北を『爆裂TOUR』っていうので回ってたんですよ。それで南相馬のBACK BEATに行った時の夜、外の駐車場にいて。周りも真っ暗で、人も全然いなかったんですけど……そのツアーを回ってる時に震災後の現地の人の話をたくさん聞いて、音楽の意味とか、生きることとか、とにかく考え込むことが多かったんですよ。そういう時に、南相馬の真っ暗な中を男の子が歩いてきたんです。そしたら、その子がすっげえノリノリなんですよ。見たら男の子の耳にはイヤホンがついてて、口から歌が出ちゃうくらいの勢いで。もしかしたら、ただ彼にいいことがあっただけなのかもしれないんですけど、それでも、音楽を聴いてうわーっと盛り上がってる男の子の姿が、俺には輝いて見えたんです。嫌なことがあったとしても、悲しい出来事があったとしても、どれだけ長い帰り道だとしても、それが音楽ひとつでキラキラした帰り道になるんだなって思って。『音楽には力があるんだな』って思えたんです。そしたら一気にメロディが浮かんできて、そこから始まったのが“TONIGHT”なんですよ。だけど、自分の中の光景と想いがあまりにも強すぎて、まあー時間かかりましたね(笑)。この曲ができなくて、全然次に進めなかった。ふたりにも『いや、違う』って言い続けて」
  • 鈴野「言ってみれば、“TONIGHT”が原因で仲悪くなりましたからね。だってね、元々は2013年だったくせに、でき上がったのは去年だから(笑)」
  • 寺本「3年越し(笑)」
  • 鈴野「この曲だよね、ほんとに」
  • 菊池「だから、シンプルで勢いのある曲が多い中でも、これはドラマティックな曲になってるのかもしれないよね」
  • ■これは新たな代表曲だなっていう手応えが、聴いてるこちらにもあります。素晴らしいメロディだし、キクさん自身が歌になろうとしているような勢いと、歌に夢中な感触がある。
  • 菊池「嬉しいですね。入りからパーン!と開きたかったんです。誰かのヘッドフォンからこの曲が流れてくる瞬間に、一気に何かが開けていく感覚を曲にしたかった。なんかね、自分の中の感覚で言うと、『音楽には力がある』って思わせてくれたあの少年が聴いてた音楽になりたかったのかもしれないです。……それこそ、ガキの頃にレコードを聴いてた時の、あの光景みたいな。震災後っていう当時の雰囲気もありますけど、自分達の音楽もそういう曲になれたらいいなって思ったんですよね」
  • ■“TONIGHT”は歌詞の面でも、少年が音楽の中に見ている夢や希望がロマンティックに歌われていると思うんですけど、そういう曲から制作が始まっていったことは、自分の歌をより一層人に向けて放っていきたいっていう気持ちにも繋がったりしたんですか。
  • 菊池「ああ……あったと思いますね。元々、個人的に仲間や愛する人に向けて歌を書くことはあったんです。だけど今は、それ以上に、もっといろんな人にとっての力になる歌にしたかったし、人それぞれに当てはめてくれたらいいって思えるようになった気がします。前はもっと、『この曲はこういう想いで歌ってて、この気持ちを歌にしたんだ、だからこういうふうに聴いてくれよ』っていうのが強かったんですよ。だけど、その少年が何を聴いてたのかはわからないですけど、それと同じように、自分達の曲が誰かに響いてくれたらいいなって思えて」
  • ■一方、たとえば冒頭を飾る“Spiral”は、歌い出しが<なぁ神様、どうして俺に憎しみという感情を与えたんだ>(和訳)になってます。そういうネガとか憎しみをそのまま歌うっていうのはOVER ARM THROWにとっては意外だと思ったんですが、その辺はどう捉えられてます?
  • 鈴野「これは俺の歌詞なんですけど――たとえば“Dear my songs”も否定的なことから始まる歌でしたし。で、“Spiral”も最終的にはポジティヴな方に向かって行く歌詞にしたつもりなんですけどね」
  • ■ああ、なるほど。失礼いたしました。曲はどう作っていったんですか。
  • 菊池「曲としての始まりで言うと、若いバンド達の曲を聴いてた時に、歌で始まって、そのまま爽快なメロディとコード感で押していく曲が多いなと思ったんですよ。で、それを今のOVER ARM THROWとして消化してみたらどうなるだろう?っていう感じで作った曲で。でも“Spiral”を作ってる時も、3人とも『何か物足りない』って言うところが多々あって。たとえば今<I was depressed deeply…>っていう歌詞のところ。あそこのメロディをどうにかしようとしてたんですけど、ベースが繰り返しのところなんで、メロディが乗らなかったんですよ。それでなんとなく<deeply…>って繰り返してみたら、『それだ!』ってなって(笑)。同じリズムで繰り返すっていうか、R&Bみたいなイメージで」
  • ■ああ、なるほど。結果、新境地であり新しい王道になったと思うんですけど。それこそR&B的に歌自体がリズムになるような感覚が新鮮だし、その上で歌始まりから一気に歌を聴かせていく壮快な勢いもあるという。
  • 菊池「そうなりましたねえ。完成してよかったなって思いますね」
  • ■その上で、<斜めに進みなさい>っていう歌詞は、このバンドの在り方のようにも聞こえてくるし、先ほど伺ったバンドが止まりそうだった時期から走り出そうとした意思表明のようにも聞こえてきたんですが。
  • 鈴野「ああ、もちろんバンドのことを表してるっていうのもあります。だけどそれ以上に、精神的に悩んでいる人が近くにいて、そういう人達に向けたメッセージにしたいと思ったんですよ。だから、“Spiral”というよりは、川とかアリ地獄みたいな場所でもがいている人に対して歌いたいことというか――力を抜いたら流されちゃうし、だけど川の流れに抗っても疲れ切っていくだけだし。そしたら、川を斜めに進むことが、流れから抜け出す方法なんですよね。一番最初は<hate>っていう言葉から始まってますけど、憎しみに限らず、妬み、羨みみたいなものに悩んでいる人に対して、『それを悩んでる時点で、あなたは諦めてないってことなんだよ』っていうメッセージにしたというか。そういう想いを押し付けないように、だけどちゃんと聴いてくれる人にとっての力になるようにしたい、と思って書きましたね。どんな人に対しても、『こっちのほうがいいんじゃない?』くらいで伝わればなって」
  • ■とはいえ、ラストの“Keep making the road”には<You are just myself.>つまりは<君達こそが僕なんだ>という、明確かつ強いメッセージがありますよね。さっきもおっしゃったように、3人だけの世界でどれだけ純粋なものを作れるかに没頭してきたバンドだと思うんです。そういうOVER ARM THROWがこういう言葉を歌うというのが、この作品の開けた空気と解放感の核にあるものだと思ったんですよ。“TONIGHT”の話にも通じますけど、自分達の音楽を人のものにもしていこうという意志が真ん中にある。こう言われてみると、どう思います?
  • 鈴野「これは俺の歌詞なんですけど、2015年に活動再開しようとなった頃にキクが持ってきた曲で。聴いてすぐ、テーマとイメージが出てきたんですよ。休んでいた時に、『続けることが一番大事なんだ』って思ったんですよね。そこがリンクして、『Keep』っていうテーマが出てきて。……やっぱり、バンドがひとつの人格だとしたら、それは自分達が生んだものなんですよ。だったら、それを自分達の手で殺してはいけないと思った。最初は自分達がやりたいだけで始めましたけど、お休み中にいろんな人に心配してもらったことで、最早このバンドは俺達だけのものじゃないって実感したんです。だったら、なおさら『解散』なんて言ってひとつの人格を殺す必要なんてなくて。もう、音楽やりたいと思った気持ちとか、バンドやりたいって思った最初の気持ちさえ残っていれば、ライヴも音楽も全力でやりつつ、真面目になり過ぎる必要もなかった。それが続けていくことにとって一番大事だと思ったし、それがこの言葉になったんです。……俺達も先輩達の背中を見てやってきましたけど、休止している間に周りを見渡したら、『OVER ARM THROWを見てバンド始めました』とか『OVER ARM THROWのライヴ通ってました』っていう後輩がたっくさんいたんですよ。それで、ああ、『俺達も道を作ってきたんだな』って思えて」
  • ■おっしゃる通りです。
  • 鈴野「それに気づけた時に、自分達以外の人達にも自分達を作ってきてもらったんだなって思えたし、それを踏まえた上で改めて自分達のことを書いたのが<You are just myself.>っていう言葉だと思ってて。ほら、自分じゃない人が自分を表してるってよく言うじゃないですか。まさに出会ってきた人達が、何よりも自分なんじゃねえかなって」
  • ■そうして周りの仲間達を再認識できた時に、OVER ARM THROWってどんなバンドだと思えましたか。
  • 鈴野「なんだろうな。『生きてりゃいいや』っていう感じですかね?」
  • 菊池「OVER ARM THROWが?(笑)」
  • 鈴野「そうそう、『いてくれりゃあいいや』くらいの感じでいられたらいいいかなって思いましたね」
  • 菊池「たしかに、人に対してそう在りたいっていうのは俺も一緒かも。だけど個人的に言ったら、バンドがなかったら人として終わってると思うんですよ。学校とまでは言わないですけど……でも、人との出会いも何もかも、このバンドをやることで学んできたので」
  • ■ちなみに、キクさんが作詞されたのはどの曲なんですか。
  • 菊池「“TONIGHT”と、“Downfall”と、“Fight for life”。あと、“Frankenstein”ですね」
  • ■これは“Fight for life”や“Downfall”に対して特に感じることなんですが、孤独で臆病だからこそ一歩を踏み出す勇気を歌ったり、それと同時に、自分の人生を生き抜くために闘う歌がキクさんには多いと思うんです。以前の“ZINNIA”にしても、仲間っていう存在を求める憧れや、ひとりじゃ生きていけないっていう気持ちが感じられたりして。
  • 菊池「あー。そうですね(笑)。……俺の癖みたいなものなんですけど、とにかく『俺は自信がない』って思うんです。臆病なんすよ、ほんとに。だからこそ自分をもっと好きになりたいし、仲間を歌にすることが多いのも、仲間にもっと気づいて欲しいっていう気持ちの裏返しだと思うし。強くなるために『闘う』っていう歌が多くなっていくんだとも思うし……」
  • ■キクさんは、歌が得意だと最初から自覚して歌ってきた人なんですか。
  • 菊池「いや、そんなことないんですよ。むしろ自分は歌がヘタだって認識したところから始まりましたから。なんかね、うちの家系は親父も母ちゃんも婆ちゃんもみんな歌が上手かったんです。だから、家族旅行で旅館行ったら、俺もスナックみたいなところで必ず歌わされてたんですけど。で、それがまあヒドかったらしいんです。『あんたにはもう歌わせない』とか言われた覚えがあって」
  • ■それもあって、歌を歌うっていうことに対して人一倍執着してきたところもあるんですか。
  • 菊池「そうだと思います。悔しくて自分なりに歌を練習したし、歌を勉強してきたっていう自覚があります。だから、自分が上手いと思ったことは一回もないですね。だけど今は、洋平や英司が『もう歌えてるよ』って言ってくれることを信じられるようになったし、OVER ARM THROWの音楽にとっては、俺個人の美学だけで上手く歌う必要がないんじゃないかなって思えるようになりましたね。技術的なものだけで言えば、自分が納得できるレベルのところまではやったから。その上で、曲に対して真っ直ぐ歌いたいと思ったんですよ。これは大袈裟かもしれないけど、その曲自体が持っているメロディ、声色になりたかったんです」
  • ■上手く歌うっていうこと自体を目的化しなくなりましたよね。
  • 菊池「まさに、そうだと思いますね。何よりも、気持ちよく歌うっていうことが一番大事なんだなっていうところに戻ってきたというか」
  • 鈴野「彼はずっと、これだけいい歌を歌ってるのに『これがいい』っていう答えを自分で信じられない人で。こっちが『もういいのが録れてるから!』って止めないと『もっと歌う』って言って聞かなかった。そこが今回、『これがいいんだ』っていうラインでいけたのはかなり大きいと思う。歌っていうのは、上手く綺麗に録れたとしても、それが必ずしもいいものではないこともあるじゃないですか?」
  • 寺本「そうそう、鮮度がなくなるっていうかね」
  • ■綺麗さよりも、もっと形じゃないものが宿ることがありますもんね。
  • 菊池「そうですよね。……たとえば“BLUE”っていうバラードも、前だったら何百回と歌ってたタイプの曲だと思うんですよ。だけど今回は、自分の低いキーを『俺は自分の低いキーがあんまり好きじゃない』って言ってたのを、メンバーが『キクの低いところ、俺らは好きだよ』って言ってくれたのを信じて歌えたので。……今まで、俺が悪かったと思うんですよ。メンバーを信じてるとか言いながら、俺の歌をいいって言ってくれても信じられてなかった。逆に言えば、自分が自分に自信がないだけだったんだなって。いいって言ってくれるものを信じで歌ってみて、後で“BLUE”を聴いたらね、このアルバムで1、2番目くらいに好きだなあって思えましたから。ドJ-POPみたいな曲ですけど、それが好きだって言える雰囲気になったこと自体がいいと思うし」
  • 寺本「俺にとっては、今の自分を形成しているものがOVER ARM THROWだと思ってるし、逆に言えば、自分の人生がそのまま音楽になっていく場所がこのバンドだと思ってるんですよ。だから、こういう『ド』のつくバラードがガッツリできるようになったのも、音楽的に自由に楽しめてることの表れなんだなと思って。今回のアルバムは、ドラムも鮮度を大事にガーッと録れたんですよ。3人とも今の音を乗せられたなって気がしてます。今の3人が本当に純粋に出せた作品だと思ってますね」
  • ■ありがとうございます。では最後に、そういう作品に『Pressure』と名付けた気持ちを教えていただけますか。
  • 鈴野「わ、この質問きた……なんで最後なんだろうね、この質問」
  • 菊池「でもまあ、聞かれるよねそりゃ」
  • ■え、なになに(笑)。
  • 鈴野「じゃあ、せーので言おうか」
  • 菊池「わかった」
  • 寺本「最後に『です』ってつけようか」
  • 鈴野「せーの」
  • 3人「テキトーです!」
  • ■……………。
  • 鈴野「まあ、そうなりますよね!(笑)」
  • 寺本「真面目に考えすぎてもダメですよね、みたいな感じですね(笑)」
  • 菊池「会話してる中で、『プレッシャー』っていう言葉が出て来て、『あ、破裂音だしパンチ力あっていいかも』って思ったんで、それにしました。もうね、この曲達に当てはまるタイトルが浮かばなかったんですよ(笑)」
  • ■でもね、このジャケット写真を見て、勝手に腑に落ちてたわけです。こんだけ重いものを背負っても、鼻歌を口ずさみながら進んでいくっていうバンドの在り方と意志が表れてるんだろうなとか―――。
  • 菊池「これもね、締め切りギリギリでデザイナーにお願いしたら、その方が考えて描いてくれたんですよ。それで、『ああ、こんな感じに考えてくれてありがとう』って思ったわけです(笑)。言うなれば、このアルバムのタイトルは『おんぶに抱っこ』です!」
  • ■はははははははははは! あんまりなオチだ(笑)。
  • 菊池「ジャケット写真で言えば、1トンの重りを背負ってる人のほうじゃなくて、背負われてる1トンの重りのほうが俺達です!(笑)」
  • 鈴野「そう、これが俺達だよね!(笑)」
  • ■わかりました(笑)。本当に素晴らしい作品だし、尊重っていう言葉が表す通り、新しい絆の形としてこれからのスタートラインにもなる作品だと思うので。ガンガン行ってください。過去最長尺の隠しトラックも含め、届くことを願っております。
  • 菊池「隠しトラック、今回長いよねえ(笑)。でも、そういうどうでもいいことも楽しんでやり続けようと思えてますから。頑張りますよ!」
(Interviewer:矢島大地)